今から360年余り前、徳川家光が将軍の頃、南部藩28代藩主重直公は田名部通りを巡視に来ていた。
或る夏の夜、人々は盆踊りに興じ、賑わっていた。その中で一際目を引く「おしま」という名の娘が音頭をとっていた。
声は澄みわたり、美しい容姿は小野小町をしのぐほどで、重直公は至極ご満足し、褒美を与えた。
この後、”田名部横町の川の水飲めば八十婆様も若くなる・・・・”の盆唄を「おしまこ」、踊りを「おしまこ踊り」と呼ぶようになったとか。
「おしまこ」は当地の美人の代名詞となった。 |
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毎年8月18日、田名部祭り初日に行われる「おしまこ流し踊り」は、この盆唄の流し踊りで、「おしまこ」達の華麗な姿が見られるかも。 |
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